第12話 「先生がいないお写経」
僕がよく訪れるこちらのお寺でのお写経は 習い事教室のような先生はおりません。自分でお写経したい時に行って 一人で書いていきます。なので 「先生や誰かにお写経を教えてもらう」という事はありません。ただただ 一人で書いていきます
始めてお写経をさせていただいた時は 友達も先生もいないので、静かに一人でするお写経は ちっとも楽しくなくって 「こんな事してて何か意味があるのかなあ~」と 自分でお写経しながら思いました。
始めたきっかけは 夜な夜な不整脈が出てて 怖かったので 「姿勢をひと時でも正して 少しでも不整脈を和らげたい」そのことがきっかけでしたので 自分にとってのお写経は 「ひと時でも姿勢をよくして 呼吸を整えたい。」という目的だけでした。つまらないのを我慢しながら 書き上げますと とてもスッキリして 夜な夜な起こってた不整脈が その夜から、止まったのです。すごくうれしかったです。それから時折 通うようになりました。
でも お写経をさせていただいていますと 何かを感じたり 気づいたりいたします。「写経を教わる・知識を習得する」というのではなくって どちらかと言いますと 自分を「整える・気づく・感じる」といった感じがしています。
まだまだ詳しくわかりませんが 本来の自分の良い状態に 近づけるような そんな感じがするんですよ。
時折聞こえてきます鳥のさえずり、山の緑の季節の景色、空にはゆっくり流れる雲、、、ここでのお写経は 普段の生活の中での疲れを 和らげてくれるようで ありがたいなあ~と そう感じております。